「なんとなく生きている」と感じていませんか?
毎日仕事をこなし、休日も過ごしているのに、「自分は何のために生きているんだろう」と感じることはありませんか?心理学的な研究では、人生の方向性や価値観が不明確な状態は、慢性的なストレス・抑うつ感・燃え尽き症候群のリスクを高めることがわかっています(Hayes et al., 2006)。
こうした悩みにアプローチする心理療法として、近年注目を集めているのがACT(アクセプタンス&コミットメント療法)です。本記事では、ACTの基本的な考え方と、日常生活で実践できる「価値観の見つけ方」をわかりやすくご紹介します。
ACTとはどんな心理療法?
ACT(アクト)は、1980年代にアメリカの心理学者スティーブン・ヘイズ博士によって開発された心理療法です。従来の認知行動療法をベースに発展した「第三世代の認知行動療法」のひとつとして位置づけられています。
ACTの核心は、「ネガティブな感情や思考を無理に消そうとするのではなく、それを受け入れながら、自分が大切にする価値に向かって行動する」という考え方にあります。
多くのランダム化比較試験(RCT)を含むメタ分析によって、ACTはうつ・不安・慢性疼痛・職場ストレスなど幅広い問題に対して有効であることが示されています(A-Tjak et al., 2015)。
ACTが重視する「価値観(バリュー)」とは?
ACTで言う「価値観(バリュー)」とは、あなたが人生でどう在りたいか、何を大切にして生きたいかという方向性のことです。「目標(ゴール)」とは少し異なります。
- 目標(ゴール):達成すれば終わるもの(例:昇進する、資格を取る)
- 価値観(バリュー):人生を通じて追い続ける方向性(例:家族を大切にする、誠実に仕事に取り組む)
価値観は「正解」や「不正解」がありません。他人と比べるものでも、社会的に正しいものを選ぶものでもなく、「自分自身が心の底から大切だと感じること」が価値観です。
自分の価値観を見つける3つのステップ
ステップ1:人生の重要領域を書き出す
まず、以下のような「人生の領域」をリストアップし、それぞれについて「自分はどう在りたいか」を考えてみましょう。
- 仕事・キャリア
- 家族・パートナーシップ
- 友人・社会的なつながり
- 健康・身体のケア
- 学び・自己成長
- 趣味・余暇・創造性
- 地域・社会への貢献
- 心のあり方・スピリチュアリティ
すべての領域に同じエネルギーを注ぐ必要はありません。まず「自分にとって特に重要な領域はどこか」を3〜5つ絞り込むことから始めましょう。
ステップ2:「80歳の自分」を想像する
ACTでよく使われるワークのひとつが、「人生の終わりを想像する」エクササイズです。
目を閉じて、80歳になった自分を想像してみてください。そして、こう自問します。「自分の人生を振り返ったとき、どんな生き方をしてきたと感じたいか?」「大切な人たちに、どんな人間だったと覚えていてほしいか?」
この問いに浮かんだ言葉や感覚が、あなたの価値観の手がかりになります。「家族のそばにいてあげたかった」「もっと自分のやりたいことに正直に生きればよかった」——そういった後悔の裏側には、あなたが本当に大切にしたいことが隠れています。
ステップ3:価値観と行動のギャップを確認する
価値観が見えてきたら、次は「現在の行動がその価値観とどれくらい一致しているか」を0〜10点で評価してみましょう。
たとえば「家族を大切にしたい(価値観10点)」と感じているのに、「実際に家族との時間を作れている(行動3点)」という場合、そこにはギャップがあります。ACTでは、このギャップを「問題」として批判するのではなく、「これからどんな小さな一歩を踏み出せるか」を考えるきっかけとして活用します。
「思考の罠」に気づくことも大切です
価値観に向かって行動しようとするとき、私たちの心はしばしば邪魔をします。「どうせ自分にはできない」「失敗したらどうしよう」といった考えが浮かび、行動を止めてしまうのです。
ACTではこれを「認知的フュージョン(思考への過度な融合)」と呼びます。思考と自分自身が「融合」してしまい、思考が事実であるかのように感じてしまう状態です。
こうした状態に気づくためのシンプルな練習として、「今、自分は〇〇という考えを持っている」と少し距離を置いて観察する「脱フュージョン」の技法があります。思考を消そうとするのではなく、「ただの思考」として眺める習慣が、行動の幅を広げてくれます。
今日からできる小さな実践
ACTは専門家のサポートを受けながら取り組むと、より深い効果が期待できます。しかしセルフケアとしても、以下のような小さな実践から始めることができます。
- 毎朝1分、「今日、自分の価値観に沿ってできる小さな行動は何か」を書き出す
- 感情や思考が湧いたとき、「今、自分は〇〇と感じている・考えている」と声に出してみる
- 「80歳の自分」ワークを週末に5分だけ試してみる
心理学的幸福感の研究においても、自分の価値観に沿った生き方(「自己一致」)は主観的幸福感・レジリエンスと強く関連することが示されています(Sheldon & Elliot, 1999)。小さな一歩の積み重ねが、人生の充実感につながっていきます。
まとめ
「自分の価値観がわからない」「何のために生きているかわからない」という感覚は、決して珍しいことではありません。ACTの考え方では、そうした感覚そのものを否定せず、まずありのままに受け入れることが出発点になります。
本記事でご紹介した3つのステップやセルフケア実践を、ぜひ日常の中で少しずつ試してみてください。もし一人では難しいと感じたときは、公認心理師・臨床心理士などの専門家への相談も選択肢のひとつです。
あなたの人生には、あなただけの価値観があります。それを見つける旅は、今日から始めることができます。
【参考文献】
・Hayes, S. C., Luoma, J. B., Bond, F. W., Masuda, A., & Lillis, J. (2006). Acceptance and commitment therapy: Model, processes and outcomes. Behaviour Research and Therapy, 44(1), 1–25.
・A-Tjak, J. G. L., et al. (2015). A meta-analysis of the efficacy of acceptance and commitment therapy for clinically relevant mental and physical health problems. Psychotherapy and Psychosomatics, 84(1), 30–36.
・Sheldon, K. M., & Elliot, A. J. (1999). Goal striving, need satisfaction, and longitudinal well-being. Journal of Personality and Social Psychology, 76(3), 482–497.
監修:公認心理師・臨床心理士
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