「出来事」そのものが気分を決めるわけではない
仕事でミスをしたとき、「もう終わりだ」と落ち込む人もいれば、「次に活かせばいい」とすぐに切り替えられる人もいます。同じ出来事を経験しているのに、なぜこれほど気分が違うのでしょうか?
実は、私たちの気分や感情は「出来事そのもの」ではなく、「その出来事をどう捉えるか(=認知)」によって大きく左右されます。これは心理学における重要な考え方のひとつであり、日常のメンタルヘルスを理解するうえでとても役立つ知識です。
認知と感情の関係:ABCモデルで考える
心理学者のアルバート・エリスが提唱した「ABCモデル」は、認知と感情の仕組みをシンプルに説明するフレームワークです。
- A(Activating event):出来事・きっかけ
- B(Belief):その出来事に対する信念・捉え方
- C(Consequence):結果として生じる感情・行動
たとえば、上司に「この報告書、やり直してほしい」と言われた(A)とします。このとき、「自分はダメな人間だ」と考えれば(B)、強い落ち込みや自己嫌悪を感じます(C)。一方、「もっと良いものにするチャンスだ」と考えれば(B)、前向きな気持ちで取り組めます(C)。
このモデルが示しているのは、気分を左右するのは出来事そのものではなく、Bの「捉え方」だということです。同じAでも、Bが変われば、Cの感情は大きく変わります。
「認知の歪み」がネガティブな感情を強める
私たちは誰でも、知らず知らずのうちに偏った物の見方をすることがあります。認知行動療法(CBT)の分野では、これを「認知の歪み(cognitive distortions)」と呼んでいます。
代表的な認知の歪みの例
- 全か無か思考:「完璧でなければ失敗だ」と、白か黒かで物事を判断してしまう
- 過度の一般化:一度失敗すると「自分はいつもうまくいかない」と決めつける
- 心のフィルタリング:良い面を無視して、ネガティブな部分だけに注目してしまう
- マイナス化思考:良いことが起きても「どうせまぐれだ」と否定してしまう
- 結論への飛躍:根拠がないのに「あの人は自分を嫌いに違いない」と決めつける
アメリカの精神科医アーロン・ベックの研究によれば、うつ病や不安障害の患者さんはこのような認知の歪みが強くみられることがわかっています。逆に言えば、こうした歪みに気づき、修正することが、気分の改善につながるということです。
脳と認知:感情が生まれる仕組み
認知と感情の関係は、脳科学的にも裏付けられています。私たちが何かを見たり聞いたりすると、まず脳の「扁桃体(へんとうたい)」が反応し、瞬時に感情的な反応を起こします。その後、「前頭前野(ぜんとうぜんや)」と呼ばれる理性的な思考を担う部位が、その感情を評価・調整します。
つまり、感情は完全に自動的に生まれますが、それをどう解釈するかという「認知」のプロセスが、その後の気分の持続や強さに影響を与えるのです。ストレスや不安が長引くときは、この認知のプロセスに何らかの偏りが生じている可能性があります。
捉え方を変えるために:今日からできること
認知の仕組みを知ることは、気分をコントロールする第一歩です。すぐに実践できるシンプルな方法をご紹介します。
①「事実」と「解釈」を区別する習慣をつける
「上司に無視された(事実)」と「自分は嫌われている(解釈)」は別物です。まずは、自分が感じていることが「起きた事実」なのか「自分の解釈」なのかを意識するだけで、思考の偏りに気づきやすくなります。
②ネガティブな考えに「反証」を探してみる
「自分はいつもダメだ」と思ったとき、「本当にそうだろうか?うまくいったことはなかったか?」と問いかけてみましょう。証拠を探すことで、極端な思考が和らぐことがあります。
③「もし友人が同じ状況だったら?」と考える
自分に対して厳しすぎるとき、友人に向けるような温かい言葉をかけてみてください。セルフコンパッション(自分への思いやり)の研究でも、自己批判を和らげることがメンタルヘルスの改善に有効だと示されています(Neff, 2011)。
まとめ:認知を知ることがメンタルケアの入り口
物事の捉え方(認知)が感情に大きく影響するというのは、心理学・脳科学の両面から支持されている考え方です。「気分が落ち込みやすい」「不安が消えない」と感じているときは、出来事そのものではなく、自分の「認知のクセ」に目を向けてみることが助けになることがあります。
もし日常の工夫だけでは改善が難しいと感じる場合は、認知行動療法(CBT)を専門とする心理士や精神科医に相談することもひとつの選択肢です。一人で抱え込まず、専門家のサポートを活用してみてください。
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監修:公認心理師・臨床心理士



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